第6章 幼児期の発達:言葉と認知
6-1. 言葉の発達
6-1-1. 初期の言葉の発達
品詞で分けると具体的な事物の名称=名詞の割合が高い
多少言語差がある
日本語幼児が理解、表出する言葉に占める名詞の割合は、英語幼児より少し低く、動作後の割合は日本語幼児のほうが少し高いという(小椋, 1999)
文法や日常的な使用法の違いが関わっていると思われる
英語では主語や目的語は省略されない
子供が発する語のうちに占めるオノマトペ(擬声語)や幼児語の割合は日本語幼児で高いという(de Boysson-Bardies, 1996; 小椋, 1999) いずれの言語でもしばらくは一語発話といって一つの単語だけを発する時期が続く 生後半年頃は発声時に手足の動きとの同期現象が見られ、かつ基準喃語や笑いの出現時期でもあり、言葉の準備段階に身体的側面が関係する可能性が考えられるが、初期の言葉の発達においても身体的側面が関わっている可能性が示されている 小林(1997)によると、物の操作に結びつけて物の名前を覚えていく側面があるという
ボールに触れながら「ポーンとして」と言う→「ポーン」とか「ポーンテンノ」という言葉がボールの操作にあわせて最初に出てくるようになる→次第に「ボーリュ」「ボール」と言えるようになった事例
ただし、言葉の具体的な習得過程については未だに不明な点が多い
ある物の名前を幼児に教えようとして、その名称を言いながら物を指さした場合に、なぜその言葉がさす内容を比較的短期間のうちに子供が理解できるのか
コップを指さして「コップ」→色や液体ではなくその形状の入れ物を指していることを幼児はすぐに理解する
言葉を話し始めたばかりの頃は、確かに過拡張(ワンワン→犬猫)や過限定(ガタゴト→一部の電車のみ)がよく見られる しかし、大幅にずれた理解というのは少なく、その言葉の指すおおよその範囲を短期間で把握するようになる
その理由として、幼児が言葉を習得する際に制約(バイアス)があるからではないかと言われてきた(今井, 1997) 事物全体バイアス: 新しい言葉を聞いたときに子供は事物の属性ではなくその事物全体を指す名称だと認識する傾向にあること 6-1-2. 語彙爆発と多語文へ
語彙数が約50語に達するまでは1ヶ月に10語も習得しないが、50語を過ぎると、1ヶ月に数十語という急激な速さで習得していく
多数の子供の横断的な研究に元動機しられるようになった減少だが、メカニズムや要因はよく分かっていない
小林ら(2012)は1年にわたる母親によるウェブ上の日誌への新単語等の記録と1ヶ月に一度の母親との面談により、数十人の子供一人ひとりの新単語の表出過程を調べた
語彙爆発の前の時期は新単語を数日以上発しないことが多い
語彙爆発時期以降になるとプラトーがほぼなくなる
語彙爆発前の時期のプラトーを除去した語彙発達の速度と語彙爆発語の語彙発達速度は個人内ではほぼ変わらない
表出単語数が1~20語の段階における一般名詞数の割合が高いほど、語彙発達の速度が大きいという関係性も示した
非統語統合発話: イントネーション的にも間隔的にも完全につながってはいないものの、単語を続けて言うこと 平均的には2歳になる前ぐらいに二語発話が始まり、助詞も使用し始める(綿巻, 2001) 二語発話: イントネーション的を下げずに単語を一続きに発する 終助詞から発せられ、格助詞、副助詞、接続助詞の発話の開始が続く
短期間のうちに、助詞、助動詞の使用、多語発話が増え、発せられる文は複雑化していく 個人差は大きいが、平均発話長(Mean Length of Utterances: MLU)は24~26ヶ月で1.5~2.0程度、35~40ヶ月で3.0~3.75程度と言われる(Brown, 1973, 綿巻, 2001) 3歳になる頃にはおおむね十分な発話力を有するようになる
6-1-3. 発話の機能:コミュニケーションと内言の発達
上原(2006)
3歳から6歳を対象に同年齢集団でのやりとりの様子を分析した結果、誰かが言葉や行動を発しても3, 4歳以下では半分以上で応答が見られず、反応したとしても模倣や非言語的な反応が多い
6歳頃になると、相手の発話の7, 8割に対し応答し、比較的長いやり取りが増える
3歳の発話力と矛盾するように見えるが、4歳頃までは年長者の助けを得ずに自力で会話を展開するのは難しい
伝達内容の意味を読み取るだけの想像力、相手の心を理解する能力、その前後の会話の流れやその場の状況を読み取るための語用論的知識と的確なタイミングで話す技量
子供の会話力にあわせ養育者は足場かけ(scaffolding)を頻繁に行う 「これなんだろう?」→応答がない場合は養育者自身が答えを言う
子どもの会話力の発達に伴い、足場かけを減らしたり、その仕方を変えていく
想像力や心の理解力を中心とする認知能力が発達し、日常的な過程内でのやりとりや、子供たち同士によるごっご遊び等で相互作用の経験を積み重ねていくことにより、幼児期終わりごろには安定した会話ができるようになる
発話は他者と会話するためにだけなされるわけではない
会話力が十分ではない幼児期初期に他者志向性の低いひとりごとを発することはあるが、ヴィゴツキー(Vygotsky, 1934)が指摘するように、幼児期以降は難しい課題を行っているときに独り言をいうことが増えてくる 6-2. 心的活動と心の理解
6-2-1. 前操作期―表象の芽生え
感覚的な情報をイメージやシンボル、言葉等に置き換え、それらを介して外界を把握し始める時期
遊びの中で「見立て」や「ふり」が自由に行えるようになる
概念化されていない段階の思考
個々のイメージが概念に基づいて整理されてはいない
カテゴリー関係が明確ではなく、上位概念と下位概念という認識も十分ではない
「いま」という時点に縛られ、時間変化を伴う順序や道順等も理解することが難しい
この時期は他者の、もしくは客観的な視点から事物を認識できないという自己中心性が強く見られる
脱中心化が始まり、概念に基づく関連づけや関係性の把握が可能となる 自己中心性から抜けきれておらず、論理性に乏しい点が見られる
外見や知覚的な特徴の影響を受けやすく、集合や量の保存関係を理解していない
保存課題への反応の仕方
眼前でビーカーの水を他方の細くて背の高い入れ物に入れ替える→入れ替えた方の液体が上昇するのにとらわれて入れ替えた方が多いと答える
並んでいるおはじきの間を広げたり、丸い粘土を細長くすると、広げたり長くした方の量が多い、重いと答える
異なる方向の変化の相補性や可塑性に関する理解が欠如しているため
保存課題が理解できるようになるのは、ピアジェの理論では具体的操作期以降とされる 6-2-2. 想像力の発達―遊びとの関係
1歳時でも、空のコップを飲む真似をするなど、何かをイメージしている様子が見られ、想像的活動は早期から行われている
表象、象徴機能、言葉の発達に伴い、想像力が発達し、想像的遊び(見立てやふり遊び)が盛んに行われるようになる
幼児期前半までは遊びの形態としては、ひとり遊びや並行遊びが中心(Parten, 1932) 並行遊び: 一緒に同じ遊びをしている際に協力し合ったり話し合うといった勾留がなく、もののやりとりもほぼない状態で、並行的に行われる遊び この段階ではまだイメージの共有や協同で想像世界を作り上げることはしない
連合遊び: やりとりや会話はあるが組織化されていない遊び 協同遊び: 目的を共有し役割分担もある組織化された遊び 5歳以降の子供が行うごっこ遊びでは、話し合ってルールを設定し、イメージと展開される物語をある程度共有しながら、与えられた役割を演じていく 言葉や社会性が更に発達し、内言やメタ認知が機能し始める幼児期後期になると他者と一緒に、日常的な経験をイメージし、それらを遊びの中でシミュレーションしたり、新たな行動をその中で創出するようになる
こうした想像的な遊びは想像力の発達を促すばかりではなく、後の認知や行動にも生かされていく可能性がある(上原, 2003)
6-2-3. 内面への意識と心の理論
内面への意識や認識の発達過程については心的用語の習得過程が参考になる 「熱い」「痛い」等の感覚語は2歳頃から表出されるが、感情語(「嬉しい」「楽しい」等)、認知語(「覚える」「思う」「考える」等)の表出は3, 4歳以降(Bartsch & Wellman, 1995; Shatz et al., 1983) 感情語、認知語の使用と理解の関係については言語間で多少違っている
英語と異なり日本語の感情語は「怖いライオン」「楽しい人」といった表現が可能なため、誰かが「怖い」「楽しい」と単独で使用しても話者の感情を表すというより、眼前のものや人を形容していると子供は誤解しやすく、感情語としての理解は表出より少し遅い可能性がある(上原, 2003)
認知語については、英語では"I remember that ..." "You know,"等の使用法があるためか、日本語幼児より英語幼児の方が早くから話すが、最初のうちは意味を理解せずに使用している可能性が指摘されている(Cherney, 2003; Miscione et al., 1978)
日本語では文脈上正しく自発的に使用されていれば、理解しているとみなしてきた(園田, 1999)
心的用語の理解が進む4歳頃というのは心の理解においても発達が著しい
他者の心のの状況について推測できることを「心の理論を持っている」(premack & Woodruff, 1978)という 心は直接見ることができないため、理論のようなものに基づいて推測する
誤信念課題(Wimmer & Perner, 1983) BがいないときにAが隠したお菓子を、Bが知っているか
この質問に正しく答えられれば心の理論を獲得しているとみなす
平均的には4歳以降になると高い割合で正答するため、心の理論の獲得は4歳頃と言われている
6-3. 思い出の形成と振り返りの始まり―自己の認知の内面化
6-3-1. 幼児期初期の記憶―延滞模倣
9, 10ヶ月ごろから飛躍的に記憶保持期間は伸び、記憶保持量も増えるが、幼児期初期までは言葉を使った記憶テストを行うことができない モデルとなる人の行動の直後にその場でなされる模倣を即時模倣というが、時間が経ってからモデルとなる人がいないときになされる模倣を延滞模倣という(Bauer et al., 1994) 延滞模倣は9, 10ヶ月以降の乳児と1, 2催事の幼児の記憶調査で利用される事が多い
乳幼児に数種類の物を使ってある一定の順序で行う行動系列を繰り返し見せた後で、その物を眼前に並べるか、その行動系列が生じやすい状況にしたときに、乳幼児が延滞模倣を示せば記憶しているとみなす
延滞模倣は順序情報も含む記憶を前提とするため、エピソード記憶の一種とする見方もあるが、大人と動揺のエピソード記憶を有しているとは言い難い。 大人に導かれながら、手がかりを得て断片的に過去の経験を語ることは可能だが、再認の質問は通じず、過去を振り返ったり、なつかしんだりという様子が見られない 6-3-2. 思い出を振り返る―自伝的記憶の発達
エピソード記憶: いつ、どこで、何をしたかを含む、個人的な出来事に関する記憶 自伝的記憶: エピソード記憶の内、後々まで残っていくような思い出に相当する記憶(上原, 2012) 持続的な習慣のような情報が含まれることもあるため、広義には「過去の自分に関わる情報の記憶」とも言われる(佐藤, 2008)
懐古的な意識を伴って過去について語れることと、時間が経過しても自己は同一の存在であり続けるという自己認識(時間的拡張自己: Neisser, 1988)が前提となる こうした意識が乏しい乳幼児期には形成されていないと言える
自伝的記憶の発達と想起に関する縦断的調査によれば、5歳頃かや小学校入学前後になって振り返って思い出せる出来事の経験時期はほぼ再認の質問を理解し始めた時期(3, 4歳)以降であることが示されている(Uehara, 2015)
自伝的記憶の内容の正確性とその発達については、証言の信頼性の点から関心が寄せられている
自伝的記憶が発達し始める3, 4歳ごろでも、質問のされ方や状況により、体験したエピソードを正確に語ることは可能だが(Goodman, 2006)、誘導的な質問や暗示の影響を受けやすく、他の記憶との混同が生じやすいことを示す知見も多い(Uehara, 2000)
自伝的記憶は生涯にわたり多様な機能を担っている
他者との関係性の形成や維持にも役立っている
他者に関するエピソードの記憶に基づき、他者に対する一貫した感情や人間像を形成するから
自伝的記憶が発達してくる4歳頃から一貫して同じ友人を好むことが示唆されている(Uehara, 2004)
6-3-3. メタ記憶や実行機能の発達
自伝的記憶が発達し、自分の記憶に対する意識化が進むと、メタ記憶が発達し始める メタ記憶: 記憶に関する認知活動や行動に対する客観的な認知や知識 コントロール機能の発達は児童期の学習や記憶方略の発達に深く関わるが、5, 6歳頃からコントロール的な機能は見られる
明日幼稚園に持っていかなければならないものを忘れないために、弟に思い出させてくれるように頼むのと、明朝自分で思い出せるように自分の部屋のドアノブにそのものを下げておくのでは、後者の方が良いと判断できるようになる。また、幼稚園に忘れ物をしてきた場合に、その比幼稚園で居た場所を探すのと、幼稚園の前部の場所を探すのとではどちらが効率的かもわかるようになる(Kreutzer et al., 1975)
実行機能: 不適切な反応を抑制し、課題にあわせて行動をコントロールし遂行する認知機能 幼児期における実行機能の発達を調べる課題の一つに昼・夜課題がある(Gerstadt et al., 1994) 白いカードに黄色い太陽が書かれている昼カードが提示されたときには「夜」と答え、黒いカードに白い月が書かれている夜カードが提示されたときには「昼」と答える
なかば自動的になされる行動を意識的に抑制できるか調べる課題
実行機能は4歳以降に発達すると言われている(Zelazo & Frye, 1998)
自伝的記憶、メタ記憶のモニタリング機能、心の理論の発達時期とも重なる